「やすさんに日本語で話しかけられた時は、この金メッシュのオッサンとは話しちゃいけないと思った」


セイジは、やすのベトナムでの第一印象を、真面目ぶった顔で面白おかしくボソッという。


それに自然反応するよう残りの二人が朗(ほが)らかな声を上げると、「東大行ってて、タバコ吸う奴なんて見たことないぞ」と、やすの鋭い矛(ほこ)が反撃に出る。


それを柳のような剣さばきで「まっ、確かにそうですね。オレの周りにもいなかったっす」とセイジは明るく受け流す。


店内の40近いテーブルが混みだす頃、ふと忘れ事を思い出したようにやすがカジノの話を始めた。

「前回、ポイペットのカジノで100万バーツ勝っちゃってさー」と、セイジには鼻に付くニタニタした笑いを浮かべながら嬉しそうに話す。


ホイペットとは、タイとの国境にあるカンボジア側の小さな田舎町だ。


だがそこはガジノ村と呼ばれ、わりと大きなカジノが九軒ほど寄集まり、いつも裕福なタイ人客で賑わっていた。


「100万バーツって、日本円で330万円じゃないですか!」

一段大きくなった辻の驚きは、そんなすごい人が身近にいることと、やすの人物としての大きさを間接的に知ったという思いの表れだった。


「VIPの青天井の部屋でさあ・・・」とメリーゴーランドのように弾んだ空気が突然、食品売り場を指差し、「あっ、嘘つき偽医者だ!」とやすが声を尖(とが)らせる。


唐突のことに、二人の表情は溶けてこぼれたロクソクになる。


「名前は俺と同じ、ヤスっていうんだよ」


その強張った二つの顔は、慌てるようにやすの指先に視線を向けた。


すると、40代前半の日本人男性が、こちらに気づかないまま店内で買い物をしている。