部屋で二人を見送った辻は、三日替えていないシーツの上で再びパソコンと対峙(たいじ)する。


プノンペンでの日々を思い出し、その鮮明な映像を言葉に変換しながら集中していると、木製の階段のきしむ足音が目の後ろから近づいた。


「あっ、おかえり~」

振り向くと、外出から戻ったアキラに声をかける。

「ただいま」と言った彼の手には、単行本が一冊握られていた。

どうやら小説を買ってきたようだ。


アキラが、辻の隣のベッドに寝そべり本を開くと、辻も執筆作業に戻る。


キーボードの上をまるで操り人形が舞うように指が跳ね、あぐらをかいていたくるぶしが痺(しび)れ始めると、いっそう接近した雷鳴と共に激しいスコールの暴雨がベランダを容赦なく叩きつけた。


音を外したドラムのように音階を鳴り響かせる木のドアを閉めるためアキラが立ち上がると、辻は、思うようにはかどらない手に休憩を入れる。


『マッシュルームはねぇ、音が形になって飛んでくるし、それにいろんな色が付いてるの』

『ヤバイね、それ』

『テレビ見ていると、人の顔が溶けた飴みたいにグニャ~って崩れたり』


アキラとは以前、笑いながら大麻やマジックマッシュルームの話で盛り上がった後、夢や今考えていることを辻に語ったことがあった。


辻は、その時、気になった哲学的な言葉について質問してみた。


「アキラさん、この前、『いい人生を送るために、無意識をコントロールしたい』って言っていたじゃないですかあ。それって、どういう意味なんですか?」


すると彼は、小説を枕元に置き身体を辻に向け、ベッドの上であぐらをかきながら説明し始めた。