国境を背にゆっくりバスが滑り出す。

辻は、もう少しで電話が途切れることを伝えた。

しばらく沈黙が続き、「何か話してよ」と優しく辻が声をかける。


『クマウのこと、スキなんでしょう?』


妙に明るく、辻を弄(もてあそ)ぶように尋ねた。


ニアンの性格がよく出た一言だと思いながら、「I LOVE ニアンって何度もいってるじゃん~」と、甘えるような声を出す。


『クマウ?』

「NO ー! I LOVE YOU、ニアン」伝えられない、伝わらない気持ちを伝えようとする。

『クレイジー』と辻の心を見透かしたように、クスクスと嬉しそうに笑っていた。


「ああ、僕は、ニアンにクレイジーだよ」


二人は、互いの気持ちを確かめ合うように会話を楽しんでいた。


「ニアン?」

『なに?』

「ニアン?」

『・・・・・・』



返事は、もう届かない。

車窓に広がる緑の平原と真っ白な雲の下、バンコク行きのバスは、すでに国境から遠く離れていた。


辻は、左手に握り締められた電源の切れない白いケータイを、いつまでもじっと見つめていた。






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