辻は、ケータイ小説が書籍化されるまでの読者とのやり取りには、他人に話したくなるような輝くドラマがそこにはあるはすだと直感していたのだった。


彼は、この読者との共同で出来上がった小説こそが、バナナの実がなる条件をほぼ揃えた小説である、と自負していた。


このようにして、辻の小説出版は目前まできていた。


驚くことにこれら一連の行動は、すべて小説シナリオに即した行動でもあった。


そのことは、読者との話題にも上がったが、小説『バナナの実』は、ネット業界のオープンソースに似ていると言われていた。


通常、オープンソースとは、コンピューターソフトウェア開発に関する用語である。


あるソフトウェアが持つ目的を達成させるために、ネット上などで無料公開される未完成とも言える設計図を指す。


ネットを介して多くの人々がその開発に携わることで、当初の目的を果たすというものである。

パソコンのOSであるリナックスは、その代表例だ。


小説『バナナの実』は、ケータイ小説を未完成のシナリオとしてウェブ上に無料公開することで広く読者の声を集め、それらを出版される小説シナリオに反映させる。


そうすることでオープンソース的な現象を生み、バナナは実を結ぶはずだとウェブの間では囁(ささや)かれていた。





2009年某月(ぼうげつ)、J 出版社の編集を経て、『セカンド ソート』というタイトルで本は完成した。


四六版ソフトカバーで320項、定価1600円。


小説タイトルが変更になったのは、読者の意見を反映した結果の必然であった。


商業出版とは異なり自費出版であったため、辻の小説が全国の書店に並ぶことはなかった。


したがって、一般の消費者が彼の小説を目にすることはおろか、そのような趣旨(しゅし)の小説が存在することすら知る由(よし)もなかったのである。