辻は、ニアンのことをてっきり肉嫌いだと思っていたが、そうではないらしい。


カジノの料理は辻にとって美味しく調理された肉料理で、それらの味付けは、彼女の好みではなかったということをこの時知った。


「ねっ、行きたい所があるんだけど」

会計を済ませた辻は、彼女を川の対岸までドライブに誘う。


猥雑(わいざつ)な市街地を抜け巨大な友好橋を渡り右折すると、街の対岸に出ることができた。


そこからの眺めは、100万ドルの夜景とはいかなかったが、宝石箱をひっくり返したようにキラキラと輝いた幻想的な夜景が広がっていた。


時折対岸から髪を洗う風は、わずかにひんやりとして心地いい。


バイクを高台になっている土手に停め、二人並んでバイクに座る。


川沿いの道を行く人々には、二人の後姿が恋人同士に映っていた。


ニアンがどう考えていたかは辻には分からなかったが、二人の関係は、言葉で言い表せるものではなかった。


お互い時には恋人として、時には友達として、また、ある時は見知らぬ他人として振舞わなければならない。


そんな関係が、辻には正直辛かった。


そこには容易には超えられない社会・常識・日本・カンボジア・彼女自身・辻自身といった厚い何層もの壁が立ちふさいでいたのである。


二人は、言葉を交わすわけでもなく、ただ、対岸の移りゆく夜景を飽きるまで眺めていた。






   ≪ 第21章へ・・・ ≫