クラブの中庭にある石造りの円卓はどれも客で埋まり、前面にある小規模映画館並みの巨大スクリーンでは、最新の映画が上映されていた。


ディスコフロアーから漏(も)れる低音を胸に感じつつ、駆けつけた辻が広場に顔を出すと、庭の中央から谷原の手が挙がるのが目に入る。


ヤスや森村をはじめ、年輩顔馴染みのメンバーで盛り上がる輪に合流すると、普段一人で飲む酒と違い、異国で日本人というアイデンティティーを底辺に共有できる時間は、やはり格別な思いだった。


そんな安らぎの場に仲間として誘ってくれるヤスや森村らに、辻はいつも感謝していた。


株のデイトレード話で盛り上がっていると、真治が席にやって来る。

「いやー、どうも、どうも」

「こんばんわ、真治さん」

「どうしたの彼女? しょげた顔して向こうで座ってたよ」


どうやらたった今、ディスコフローから来たらしい。

「えっ、ニアンがですか?」

「すっごく落ち込んだ顔だったなぁ」


辻には、なんで彼女がそんな顔をしているのか、皆目(かいもく)見当がつかなかった。彼の見間違えかもしれないし。


確かめに行くわけにもいかず、少し気になりながらも日本人同士閉店まで、ウイスキーやピザの皿で散かったテーブルを囲み過した。




クラブの騒がしさから一転、ジャズの似合う落ち着いた雰囲気の店内。


白く天井の高い壁には、モノクロでアーティスティックな古いプノンペンの風景写真が、額に納められセンスよく飾られている。


さして珍しくも無いが一階の席では、白人のカップル客で賑わっていた。Uクラブでお開きとなった辻とヤスは、他のみんなが帰るのをよそに、いつものバーに足を踏み入れた。