シャンシャンと鳴り響くレゲエの高潮(こうちょう)をマニーが聞き流すと、今度は、辻が口を開いた。


「マニー、僕と一緒に来てくれないか?」


すると、彼女は全てを知っていたかのように、「ずっとその言葉、待っていたのよ」と小さく呟(つぶや)いた。


何でこの子は、そんな言葉を知っていたのだろう?


彼には、不思議なくらい彼女の言葉が信じられなかった。


彼には、この幻想の空間に広がる色褪(いろあ)せていた音を取り戻す鼓膜が不思議なのと同じくらい、彼女の言葉が信じられなかった。



二人はクラブを離れ、辻は、マニーを自分の部屋に招きいれた。


彼がベッドに倒れると、彼女もその脇で添い寝する。

別に、何をするわけでもなかった。

ただ腕と腕が触れ合っている。

こうしているだけで、幸せだった。

誰かが隣にいてくれるだけでニアンの温もりを感じ、目を閉じれば、はっきりとニアンの存在をまぶたに見ることができた。


しかし、皮膚に散らばる無数の痛点や温点が現実を認識すると、全身でろ過された愛(いと)しさの泉から、再び胸の箱へあふれ湧(わ)き出るのだった。


それを辻は、トイレットペーパで拭き取っては、そこいらに投げ捨てる。


いつしか幼い頃に、幾度となく思い出のある嗚咽(おえつ)が止まらなかった。


マニーは「泣かないで、男でしょ」みたいなことを言ったようだったが、小さく刻む彼の肩は治まらない。


ベッドの周りは、くしゃくしゃに丸まったトイレットペーパーで埋め尽くされ、何処に辿(たど)り着くとも知らぬ氷上の難破船で、二人は一夜を明かした。



翌朝、何も無かったようにマニーに礼を言い彼女が帰ると、辻は、ニアンに宛てた手紙を書くことに決めた。


彼女がそれを読むかどうか分からないし、いつ渡せるかも見えない。


しかし、それでも良かった。


手紙を書くことで、自分の中に一つの区切りがつくと思ったからだった。





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