冷たい舌

 加奈子が引きつった顔で忠尚を振り返ろうとするが、強い力で押えつけられていて振り向けない。

「やめるんだ、忠尚くん。君が手を汚すことはない!」

「いいんだよ、春日。これでいいんだ。
 俺が透子にしてやれることは、もう他にない。な、兄貴」

 和尚は、ただ、うつろな眼でそれを見ている。

 ひんやりとした刃先が加奈子の首筋に当たる。

「忠尚さんっ!」
 加奈子が絶叫した。

 そのとき、ごぽりと音がした。

 全員の目が、思わず、淵を向く。

「ああっ!」

 水音とともに、大きな白いものが凄い勢いで、空へと駆け昇った。

 巻き上がる飛沫。

 夜気に身を躍らせたのは、白銀の見事な龍だった。

 透子が見せたかつての龍神とは違う。

 牙も角もない。悲しい瞳をした白い龍。

 闇に浮かび上がるその姿は、この世のものとも思えないほど、美しかった。

 忠尚はその手から剣が消えていることさえ気づかずに、その姿に見惚れていた。

 天に跳ねた龍は舞うように旋回する。

 空にまだ残っていた邪気をすべて払うと、和尚たちの上を身をくねらせて回り、そのまま淵へと静かに身を沈めていった。