冷たい舌

 気づいたら、足が震えていた。

「……帰ろう」

 和尚、と後ろから天満の哀れむような声がする。

「帰ろう、透子。お前、おでんが食べたいとか馬鹿なこと言ってたじゃないか」

「和尚」
 天満の骨ばった手が肩を掴んだが、身体を揺さぶり振り落とす。

「透子っ! お前が帰らないと、潤子さん、おでん持て余して困るだろうがっ!

 帰ろう、なあ、俺と一緒に帰ろうっ! なあ、透子っ!」

 認めたくない。認めたくない! これが、お前の最期だなんてっ!

 困ったように笑う途中で止まっているかのような透子の顔。

 なんともいえない。中途半端な表情が、いつも通りの曖昧な透子を思わせる。

「なに満足そうに笑ってんだよっ。お前、なんにも俺に言ってねえだろっ」

 緑の滴るような石段を、透子が駆け上ってくる。いつも莫迦みたいに大きく手を振って。寺だからやめろと言っても、聞かなかった。

 だが、自分は本堂に居ても、何処に居ても、いつもその声をその姿を待っていた。

『和尚ーっ』