冷たい舌

 

 
 和尚は、ぼんやりと腕の中の透子を見ていた。
 何が起こっているのか、わからなかった。

 透子は、ほんのちょっとの怪我でも大騒ぎしていた。
 血を見ると目眩がすると言っていた。

 今、その透子が、自ら身体を傷つけ、脇腹から血を滴らせている。

 今まで見たどんな悪夢も叶わないこの現実―

 透子が吐く、熱を帯びたような息も、もう顔にはかからないのに。

 それでも尚も現実感はなく、既に重くなっている透子の身体を抱いたまま、早く目を覚まさなければと思っていた。

 目を覚まさなければ、透子が死んでしまう。そう思った―

 そのとき、肩を叩いたものが居た。
 びくり、と振り返る。

 天満だった。

「和尚、此処まで来たら、やるしかない。透子ちゃんを淵に沈めてやれ」

 だが、忠尚の怒鳴る声が近くでした。
 まるで己れの心の声のように。

「やめろ、馬鹿なことを考えるなっ。まだ病院に連れていけばなんとかなるかもしれないじゃないか、和尚っ、和尚っ!」

 そうだ。なんとかなるかもしれない。
 お前が死ぬなんて、そんなことあるはずない。

 この淵の生贄に、この俺の生贄になるなんて、そんなこと……!