冷たい舌

 人としての命の名残りを吐き出すように、透子はその言葉を吐き出した。

「ねえ、和尚……」

「なんだ」
と膝の上に自分を抱いた和尚が、手を握る。

「私、死んでも貴方を好きな心だけは持って行けると思ってた。

 この淵で、ずっと貴方を見守っていられると思ってた。だけど― きっと違うのね」

 空でもなく、月でもなく、もっと遠く儚いものを見つめ、透子は言った。

「和尚―

 私はもう……
   二度と、貴方を愛さない」

 和尚の手が、すうっと冷えていくのがわかった。

「私、自分が何を恐れていたのか、やっとわかったの。
 死ぬことじゃない。貴方の側から離れることじゃない。

 あの紅い月。
 あれが現れたときが淵の限界。

 この邪気を埋めるために、私の血で染め替える。
 それはいいの。でも―

 そうして、『人間 神凪透子』が消えてしまえば、私は―
 私は、二度と人を愛せない。

 だって、人でない私は、誰か一人を愛することなど出来ない存在なのだから」

 死にかけている自分よりも、和尚の方が息をしていないように見えた。