冷たい舌

「春日さん、貴方なら、きっとわかってくれる。

 龍神は決して自分の欲望のために、生贄を要求していたわけじゃない。

 願いを叶えるために、生贄が必要だったの。

 生贄こそが― 龍神に力を与える唯一の存在」

 春日さん、と呼びかけながら、まるで慈しむように淵を見た。

「貴方、以前言ってくださいましたね。
 本当に欲しいものがあるのなら戦うべきだ― と。

 私、本当は、とっくの昔に戦っていたんです」

 透子は笑う。
 何かから解放されそうな、そんな気がしていた。

 それは、ずっと自分自身をも、たばかり続けてきた己れの感情からだろうか。

「『龍神の巫女』

 ずっとそう呼ばれてきましたが。

 私― 本当は人に敬われるような人間でも、かしづかれるような人間でもないんです」

 透子はあの夕暮れにも似た不思議な夜空を見上げる。

「私は自らの神を殺し、その癖、いつまでも殊勝にその復活を待つ巫女のふりをし続けた。そんな女なんですよ、春日さん」

 風に靡く髪を心地よく感じる。

 すべてを告白し、妙にすっきりとした気持ちだった。

 相手が春日だったからかもしれない。

 春日なら、ちゃんとした知識の土壌を持って聞いてくれる。そう思うから。