加奈子の手の側で、淵に幾つかの大きな半円の泡が矢継ぎ早に浮かび上がった。
ごぼおっという生理的に不快な音とともに、黒い固まりが水面からせり上がる。
うねった長い髭、遥か上空に突き出した角。
そして、何より加奈子を脅えさせたのは、淵から覗く巨大な琥珀色の眼だった。
きゃあああああああっ。
喉も裂けんばかりの加奈子の絶叫が龍王山を震わせる。
この広い淵すべてが龍神だったのかと思うほどの巨体が、音を立てて持ち上がった。
飛沫を撒き散らし、天に昇ろうと頭をもたげて、咆哮を上げる。
その声は今までに聞いたどんな獣の声よりも獰猛で高貴だった。
水を巻き上げ、胴体をくねらせる。その頭がほとりの上をよぎった。
加奈子の目の前をその巨大な鱗が通り、その鼻を、腐った水草のような匂いがつく。
その匂いが、これは現実なのだとこれ以上ないくらい加奈子に悟らせた。
だが、人としての意識が、その未知の存在を拒ませる。
加奈子の口からほとばしる悲鳴に乗って、青黒い龍は、まるで月を喰らおうとでもしているように、天に駆け上っていった。
透子の眼に笑みが浮かんだ、そのとき―
「やめろっ! 透子っ!」



