冷たい舌

 

 
 夜の龍王山は月の光もあまり入らず、透子でも恐いと思うことがある。

 やはり、此処は神の山だ。

 迂闊に足を踏み入れたら、違う世界に引きずり込まれてしまいそうだった。

 林の中に、透子の歩みを妨げる大きな倒木があった。

 既に子どもの頃にはあった気がするそれは、びっしりと緑に苔むしている。

 今では軽々と飛び越えられるその木を、ずっと淵への境界のように感じていた。

 袴も足袋も、僅かに覗くくるぶしも、夜露にひんやりと湿る。

 ところどころに星が見えるだけの、鬱蒼とした林を抜け、淵へ出ると、不吉な生暖かい風が透子の髪をかきあげた。

 淵を取り囲む黒い木々が梢を揺らし、淵との距離を狭めようとしている気がした。

 透子は祠が無惨に壊されているのに気づいた。

 そして、その前に―

 小さな花柄のスカートを風に靡かせた女が立っていた。

 怪しく嗤うその口許が、忠尚の前で愛らしく微笑んでいた彼女を幻のように感じさせる。

「やっぱり、あんただったのね。

    ―加奈子」