冷たい舌

「なんか用か」
 押し殺した声で問うと、加奈子は縋るような目で訴えた。

「お願い、忠尚さん。もう我儘言わないわ。
 透子さんにも当たったりしない。だから……」

 透子と正反対の女。

 何処もかしこも透子と似ていない。だからよかった。

 こいつと居る間は、透子のことを思い出さなくてよかったから。

「悪いけど」
 舞台の上の二人を見つめたまま、忠尚は言い捨てた。

「俺、お前とはもういいわ。いや、もう……誰もいい」

 昨日、透子に触れた感覚が、手にも唇にも残っていた。

 もう二度と他の女に触れたいとは思わなかった。

 もう、誰もいらない。

 透子以外誰も―

「忠尚さん……」
「悪いけど、あっち行っててくれないか」

 加奈子がそれで自分から去って行ったかどうかさえ興味がなかった。

 自分では決して手が届かない世界に居る透子にだけ、その視線は縛られていた。

 忠尚は気づかない。

 今、自分が見た幻を、もうすっかり忘れていることを。