冷たい舌

 自分の中でもう一人の自分が、舞台に向かい、問うていた。

 龍神さえ下に見ていたお前が、何故、たかが巫女になって、神に仕える龍神に仕えている?

「お前は……一体、何を望んだんだ? 透子」

 とうとうと流れ落ちる瀧の音が、すぐそこで聞こえる気がした。

 ふと兄、和尚が目に入った。

 ああ、そうだ。
 こいつは、いつも戦っていた。

 透子が何者なのか、無意識のうちに感じていたのだろう。

 だから、いつも果敢に自分を律して修行してきたに違いない。

 ただ、透子と同じことをして、彼女に添いたいと思っているのではなかったのだ。

 人が神に敵うと思っているのか?

 莫迦な兄だ―

 だけど、俺も莫迦だ。

 俺の方がよっぽど性質(たち)が悪いかもしれない。

 またしても、透子に振り向いてもらえなかったというのに。

 俯き、ひとり嗤いを洩らす。 

 舞台の上、和尚の指先は、透子の指先に、触れそうで触れていない。

 だが、今、二人は舞台の両端に居ても、確かに繋がっていた。

 むせ返るような人の熱気はあるのに、不思議に澄んだ空気が辺りを満たしている。

 二人の神楽から垣間見られるのは、深遠とした淵の底のような― 水の空間。

 そのとき、すぐ側に知った気配を感じた。

 ちらりと視線を落とすと、低い位置に人ごみに埋もれるような頭が見えた。

 その顔を見た途端、冷えたように一気に現実に引き戻され、不快になる。