冷たい舌

 

 
 淵の空気は、どんよりと濁っていた。

 いけない、と透子は泣くのをやめて立ち上がる。

 私たちが、喧嘩なんかして、気を乱してしまったから―

 透子は重い足を引きずり、ほとりまで歩いて行った。

 石の祠の前に、可憐な野の花が置かれているのに気づく。

 ―これは?

 思わず手を伸ばして触れると、それは、はらりと崩れて落ちた。

 嫌な感じがした。

 まさか……あれからずっと、誰かが淵に願掛けしているの?

 透子が触れた途端、形を失ったのは、その生命が、何かに使われていた証拠だ。

 昔はよくこうしてお百度参りのように祠にお供え物をして行ったというが。

 まずいな。

 淵がバランスを崩している今、そんなことをされれば、叶えてくれるものを失い、行き場をなくした思いはこの淵に漂い続ける。

 それが良い願いなら、まだいいけど。

 もし、悪いものだったら……?