冷たい舌

 透子は視線を上げた。

 もう林の上に鳥はおらず、満月に後少しとなった白い月がぼんやりと浮かんでいた。

 それから目を逸らすように、軽く目を閉じる。

 瞼の向こうに、オレンジ色に透けて見える夏の始まりの熱を感じた。

「……ごめん。なんか、眠い」
「は?」

「ちょっとだけ寝かせて―」
「えっ― って、おいっ」

 透子は和尚の袖を掴み、引きずり落とすようにして座らせると、勝手にその膝の上に横になる。

「誰か来たらどうすんだよっ」

 らしくもなく狼狽える和尚には構わずに、透子は少しだけ目を開けて言った。

「此処んとこ、やな夢見るの。一人で寝たくない」

 冗談を言う口調ではないのを感じたのか、和尚は黙った。

 もう一度、目を閉じる。
 水の匂いが、喉にすうっと風と共に入ってきた。

 さわさわと淵を囲む木々が揺れていた。

 それに合わせるように、和尚の膝から零れ落ちた己れの黒髪が揺れ、手首をくすぐる。

 水の流れにも似た穏やかなリズムだった。

 ああ、此処でなら、ゆっくり眠れる。

 あの紅い月も、この人の側までは追いかけてこないから。

「……勘弁してくれよ」

 和尚の情けなげな声が聞こえたが、この心地いい寝場所を奪われたくなくて、透子は聞かぬふりをした。