冷たい舌

 


 此処は―!

 ねったりと重い空気。黒い林に圧し掛かる紅い大きな月。

 あのときの夢かと思ったが、違うな。

 あの日の月は白く、清浄な光を淵に振り撒いていた。

 これから何が起こるのかも知らないように―

 今の淵は月の光を映しているのか、それとも何か違うものが漂っているのか、紅黒く澱んでいる。

 その中に白い女が居た。

 透子だ。

 緋袴を水に浸し、その色を更に紅く染め変えている。

 目を閉じ、祈るように手を合わせている彼女は荘厳に見えた。

 不思議だ―

 いつか、遥か昔にも、こうしてこいつを見ていた気がする。

 時折、時間軸というものが、人間の感じる時系列とは別に、一直線に並んでいると感じることがある。

 過去も今、未来も今。

 今も過去―

 ふっと透子がこちらを見た。

 微かに動いたその唇が、和尚、と言ったのがわかる。