冷たい舌

「私は四回叩いたりしてないわ」

 つい反射的に強く答えて立ち上がってしまった透子は、はっとする。

 和尚の瞳はまっすぐに自分を見ていた。

 やだ……わたし。

 透子は淵へ向かう振りをして、和尚に背を向けたが、その視線が、袴のように纏わりついてきた。

「誰も― そんなこと言ってねえだろ」

 和尚は淵を見つめる透子の後ろに立った。
 それぎり、そのことには触れない。

 それが反って辛かった。

 目の前の淵が幻視に染まる。

 紅い紅い淵。

 水底から溢れ変える紅い色― 紅い、月。

 透子は手を挙げて、ちょっと額に触った。その手を和尚が掴む。

「な、なに?」

「お前……ときどき、そうして額を押さえる癖があるな。なんかあるのか?」

「別に? ただ、汗掻いたなあって」

「嘘つけ。汗掻いたやつが、そんな拭い方するか。ちょっと見せてみろ」

「え、や、やだ」

 和尚は透子の両手首を掴んで、逃げられないようにすると、その額に視線を向けた。