冷たい舌

 


「遅かったのね」

 ああ、と和尚は面白くもなさそうに言った。

「真っ直ぐ淵に行ったかと思ったのに」

 透子の言葉を遮るように和尚は言う。
「忠尚、まだ帰ってなかったぞ」

「そう? まあ、そんなことだと思った」

 素っ気なく言う透子に、和尚は拍子抜けしたような顔をした。

「なに?」

「いや……お前、さっき、忠尚と女のことをやけに気にしてたみたいだから」

 違うわ。気になったのは、貴方があの女の名前を覚えていたからよ。

 そう思ったが、口には出さなかった。

「別に。ただ、忠尚が私に日が落ちるまでには帰れって言うから、あんたこそ帰れって言ったのよ。

 だから、どうなのかなと思っただけ」

 言いながら、透子は祠の前にしゃがんだ。

 和尚は何故か一緒に手を合わせずに、後ろに立ったまま、透子を見ていた。

「……なあ、知ってるか? 出雲大社って四回手を叩くだろ?」

 普通、神に参拝するときは、二拝二拍手一拝だ。

「あれって『死んでくれ』って意味なんだってさ」

 出雲大社に祀られている大国主命は、天照に中央を追われ謀殺された神だ。

 人々は彼が祟って出ないよう、死に通じる四という数の柏手を打って、死んでくれと呪法をかけているというのだ。