夕暮れの龍神ヶ淵に佇む透子は、ぼんやりと空を見上げていた。
日の光が闇に溶けていく刹那。
黄昏時の龍神ヶ淵は、透子の心を切なく騒がせる。
春日の言葉が耳に蘇った。
『もし、貴女に龍神に逆らってでも、欲しいものがあるのなら、戦うべきです』
欲しいものなんてない。
なんにもない。
淵はオレンジに染まり、ゆるやかに流れていく。
ほとりにしゃがんだ透子は、そっとその色のついた水に手を浸す。
底はまだ冷たいようだが、表面は生温く、するすると皮膚を撫でていく。
欲しいものなんてない。
なんにもない。
ただ、ずっとこうしていたいだけ。
人の気配を感じて、振り向く。和尚が立っていた。
本当は振り返らなくてもわかっていた気がする。
「和尚―」
透子はいつも通りの笑顔を造り、立ち上がる。



