今日は四月一日。月曜日。エイプリルフール。

嘘とか方便とかが飛び出す日。


しかしそんなことは受験生には関係ないのである。大学受験に向けて、今日も今日とて朝から自習室に詰め、必死に勉強している。


未然連用終止連体已然命令、ずーむーたりて、まるときども命令。ずーむーたりて……


左京(さきょう)さん左京さん、おはよ。お疲れ」


古文とにらめっこしていたら、後ろから飴細工みたいに甘い声がして、肩が数センチは飛び跳ねた。

髪も絶対跳ねた。なんなら、もう少しで危なく椅子から飛び上がるところだった。あなや。


日向(ひゅうが)くん、おはよう……! お疲れさま」


さっと耳に掛けていた髪を下ろす。


まだ心臓がうるさい。でも、不意打ちされたにしては、自習室の約束を守って騒がなかっただけ頑張ったと思う。めでたし。


最悪、勉強途中だった古文単語が口から飛び出ていたに違いない。日向くんなら、笑って古文単語で返してくれそうだけど。


始業式はもう少し先だから、学校に行かなければ会わないだろうって油断してたのがいけなかった。そうだ、日向くんもおんなじ受験生なんだから、勉強しに来るよね当然。


冬季講習でたまたま一緒になった日向くんは、「左京さんここに通ってるの? 志望先も一緒じゃん。じゃあ俺もここにしよっかな」などと言い出し、突然塾を変えたので、冬から本当に同じ塾に通っている。


きれいな丸い目が、ちらりとこちらの手元を見やった。


「古文の勉強中? 俺も一緒にやるわ」


わたしの机の上にのっていたものと同じ、緑の単語帳をがさごそ鞄から取り出して、隣の席に座る。


「頻出!」という文字が踊る帯つきの単語帳は学校指定の教材だから同じものなはずなんだけど、日向くんの単語帳には「頻出!」と書かれた帯がついていない。

使ううちに破けたから捨てちゃったらしい。そんなところも可愛い、とのんびり思う。


わたしは日向くんが好きだ。でも、受験を控えた今、恋だのなんだのに現を抜かしている場合ではないと戒めているのだった。