もう日付が変わりそうな時間だったから、俺は瑶を部屋の前まで送った。


「わざわざ、ありがとう。
あがってく?」

「や、今日は帰るわ」

「そっか。じゃあ、また」

「瑶っ」

「ん、なに?」

「いや、何でもない。 おやすみ」


瑶は綺麗になった。

マミちゃんに言われるまでもなく、俺が一番そのことを知ってる。


時々、思うんだ。

瑶は俺の気持ちに気付いてるんじゃないかって。

気付いてて、気付かない振りをしてるんじゃないかって。

見えない振りをする瑶と、見えてるのに動けない俺。

俺と瑶は再会してからも随分と長い時間を共に過ごしていて、15歳だったあの頃よりずっと自然に会話をして、ずっと自然に笑い合えている。

けど、根本は何も変わってない。

ーーこのままじゃ、永遠に平行線だな。







翌朝、割れるような頭の痛みで目を覚ました。

「いってぇ・・・」

ひどい二日酔いのような痛みだけど、俺は昨日はそんなに飲んでない。
重い身体を引きずるようにして、引き出しをあさった。

ピピピ、ピピピ、
無機質な電子音が響く。


「38.7℃・・・風邪かな」

土曜でよかった。
今はクライアントへの最終提案の準備が忙しく、とてもじゃないけど仕事は休めない。
俺は空気を読んでくれた自分の身体に感謝した。

「買い出し行かなきゃ・・」

普段から料理をするから冷蔵庫に食材は色々入ってるけど、逆にこういう時にすぐ食べられるようなレトルトやインスタント食品の買い置きがなかった。

料理する元気は、当然ない。


ヴー、ヴー、ヴー

常にマナーモードになっている携帯が着信を知らせる。

「はい、久我原ですが・・」

画面を確認せずに応答ボタンを押してしまったから、一応仕事モードで対応する。

「もしもし。 ごめん、仕事中だった?」

「いや、休み。 どうかした?」

「昴、昨日の帰り際ちょっと顔色悪かったから。気になって・・・」

「すげーいい勘してるね。 まさに風邪ひいて寝てたとこ」

「大丈夫? 必要なもの買っていこうか?」

「熱ないし、食材買い置きあるから平気だよ。寝れば治るだろうから、寝るわ」


瑶からの電話を切ったら、本当に睡魔が襲ってきた。