「新大阪駅からすぐ近くのマンションだって。お母さんの新しい事務所も近いみたい」

瑶はマグカップに息を吹きかけながら、言った。
瑶は猫舌気味だからレモンティーを冷ましているんだろう。

瑶のお母さんも瑶も東京生まれ東京育ちだけど、今週末に大阪に引っ越す。
瑶のお母さんの仕事仲間が大阪に事務所を立ち上げるから、一緒にやろうって誘われたらしい。

もうこの街には住みたくないだろうから、ちょうど良かったのかも知れない。


「ふ〜ん。うちの親父も酷いけど、お前の母親も大概だよな。自分の都合だけで受験生の娘を振り回してさ」

瑶は成績がいいから大丈夫だろうけど、中3の秋という微妙な時期の引っ越しが受験生にとってプラスになるとは思えなかった。

「別にいいんだ。お母さんが心機一転、新しい土地で頑張るつもりなら応援したいと思う」

「健気だね。あっちはお前の事なんて、どうでもいいと思ってんだろうにさ」

言った自分が驚くほど、そのセリフは残酷に響いた。

ーーダメだ。

そう思ったけど、もう遅い。

視界の端で瑶の顔が強張るのが見えたのに、俺の口は止まらなかった。

最悪なことに、何もかも壊してやりたいというあの衝動が瑶に向いてしまった。

「だってさ、普通の母親は血も繋がらない思春期の男がいる家に娘を置いとかないだろ?
俺たちを二人きりにして、平気な顔して帰ってこないなんてどうかしてるよ」

「それは・・・昴のこと信用してるんだよ。実際に昴はちゃんと兄妹として、接してくれてるじゃない」

俺はものすごく意地の悪い顔で笑った。

「馬鹿じゃねーの。
いい加減に認めろよっ、あの人はお前を愛してなんかないんだよ。

例え俺がお前に何かしたって、どうでもいいんだろ。

あいつらにとって、俺たちは居ても居なくても困らない存在なんだよ」

「・・・・」

「お前のそーいうとこ、すげー腹立つ。 綺麗事ばっかり言って、見たくない事実から目を逸らしてさ」


俺は瑶を直視出来なかった。

けど、瑶はじっと俺を見据えていた。
そして、静かに口を開いた。

「事実から目を逸らしてるのは昴の方だよ。
そんなに可哀想な自分でいたいの?」

「どういう意味だよ」

「そのままの意味よ。
おじさんもお母さんも確かにダメなところばっかりの人だよ。
それは昴の言う通りだと思う。

けど、愛されてないなんて本気で思ってる?」

瑶の目は怒りで震えていた。

ーーだとしたら、昴は本物の馬鹿だね。




そうだよ、瑶の言う通りだ。


親父は親父なりに、俺を愛してるんだと思う。 じゃなかったら、裁判してまで俺の親権を得ようとはしなかっただろう。

瑶のお母さんもそうだ。あの人が瑶に向ける笑顔に嘘はなかった。


俺は臆病なんだ。

親父に、友達に、瑶に、

ありのままの感情を、本音の自分をぶつけるのが怖い。

拒否されたらと思うと、堪らなく怖い。


親父のせいにして、周りのせいにして、

自分を守るバリアを常にはっていた。


瑶は大人だ。

俺よりずっと現実をありのままに受け入れてる。



そして、

瑶のそういうところが俺は大嫌いだ。