昴先輩ーー久我原 昴 は私より二つ上のサークルの先輩だった。

滅多にお目にかかれないレベルのイケメンなのに、意外と気さくで、誰に対しても優しくて、男女問わずみんなの人気者だった。

ドラマや漫画に出てくるヒーローそのものって感じで、ミーハーな私はすぐに好きになってしまった。

自慢じゃないけど、いや、自慢かな??
私は男の人にはモテる方で、特に年上ウケには自信があった。


だから、一生懸命アピールすればもしかしたら彼女になれるかもって自惚れてたの。

昴先輩は特定の彼女は作らないけど、それなりに遊んでることはもちろん知ってた。大学内でも有名人でとにかく目立つ人だったから。

けど、私はそういう一夜限りの遊び相手になりたいわけじゃなかった。
そこまでプライドのない女じゃない。


1年近く必死にアピールしたけど、昴先輩はデートにすら一度も応じてくれなかった。

だから玉砕覚悟で告白した。

「彼女にしてください。 今は好きじゃなくても構わないです」ってね。

そしたら昴先輩は蕩けるような甘い笑顔で、極上に優しい声でこう言った。

「マミちゃんがサークル辞めるんなら、付き合ってもいーよ? 同じサークルは面倒だから、勘弁して」

あの顔は今でも覚えてる。



「バカにしてると思いません?
私は確かにミーハーですけどね、男目的でサークル入ったわけじゃないですよ。

それに、きっかけはともかく昴先輩のことも真剣に好きだったのに・・」

「うん、それは知ってる」

大介先輩は優しくそう言ってくれた。

少し大人になった今ならわかる。
昴先輩より大介先輩の方が断然いい男だった。
見る目の無かったあの頃の自分に教えてあげたいくらいだ。

「ま、久我原が結構最低だってことは少し付き合えばわかると思うんだけどね〜
恋は盲目ってやつだよね」

「ほんっと、盲目でした。
大体、何がむかつくって人の本気の告白に本気で答えないことですよ!!
好きな人がいるってはっきり言えばいいのにっ」

昴先輩を好きになって、すぐに気がついた。

昴先輩の視線の先にはいつもいつも、白咲先輩がいた。
サークルの部室で、学食で、授業後の廊下で、いつだって昴先輩の目は白咲先輩を探していた。

最初は何であの人なのって正直思ったけど、白咲先輩の魅力は何となくわかってきた。

しっかりしてて強そうなのに、ほんの少しだけ脆さが透ける瞬間がある。
満開の笑顔より、寂しげな微笑みが似合う人。

男は結構そういう女に弱い。

何より、私自身も白咲先輩を嫌いにはなれなかった。


「あー、それはまぁ許してやってよ。
久我原は無自覚だから。
あいつらはなんか難しいんだよ。絡まっちゃったつーかね・・・」

「けど、一度白咲先輩が高橋と付き合ったことあったじゃないですか?
あの時の昴先輩、手負いの獣みたくイライラして高橋のこと刺し殺しそうな目で見てましたよ。

それで無自覚って意味わかんないです」

「最低な上に子供なんだよ、あいつは」

「じゃあ、私振られて良かったですね」

「そうそう。 エリートの彼氏のがいい男だよ、きっと。
けど友達として一つだけアイツを庇うとさー、久我原はマミちゃんのこと後輩として可愛がってたんだよ。

アイツは女の子の告白なんて断り慣れてるから、いくらでも優しく憎まれない言い方が出来たと思う」



ーー知ってますよ、そんなこと。


私がきっぱり諦められるように悪役になってくれたこと。

甘い仮面の下の素顔も苦いだけではなかったこと。
与えてくれた優しさの、向けてくれた笑顔の、いくつかはきっと本物だった。


だけどあの頃の私は、いつだって素顔を向けてもらえる白咲先輩が羨ましくて、羨ましくて、たまらなかったんだ。



一次会がお開きになる直前に、昴先輩と白咲先輩は連れ立ってやって来た。

昴先輩の笑顔はもう仮面じゃないように見えた。

もしかして、絡まっていた糸が解けたのかな・・・

そういえば、白咲先輩は私の嫌いなビターチョコレートを好きだと言ってよく食べてた。



ま、そんなことは私には関係のない話だけどね!

だって私はビターチョコレートより、甘い甘いミルクチョコレートが好きだもん。

やっぱり、チョコレートはとびきり甘くなくっちゃね。