「教習所も無くなっちゃいました」

「あっ。そうだった。確かにあったよな、教習所。でも、なんでそれを?」

「私、時々ここに来てたんです。ここに来れば、もしかすると“おにいちゃん”に会えるかもって……」

「…………!」


 いったい詩織はいつ頃から、何度ここへ来たんだろうか。その度に失望して、一人で帰って行く詩織の姿を想像したら、哀れさと申し訳なさで、俺は涙が出そうだった。


「ごめん」


 そう言って俺は、詩織の華奢な肩を抱き寄せた。


「そんな、謝らないでください。私が勝手にしてた事だし、あなたは記憶が無かったんだから、仕方ないです」

「でもさ、冷たいやつだと思ったろ? 俺の事……」

「そんな事ありません。ただ、毎回期待してたのは確かです。バカみたいですけど」

「ほんと、ごめん。しかし、よく俺を見つけてくれたよな。偉いよ、詩織は……」


 と言ったところで、俺はある事に気付いた。それは、俺達がこれから行こうとしている、詩織が前に住んでいた家が、ここからすぐ近くだという事に。


「詩織。おまえ、なんでお父さんに会いに行かなかったんだ?」


 詩織の肩がピクッと動いた。

 詩織は、小2の時に両親が離婚した後、父親には一度も会っていないと言っていた。12年前、詩織の母親がガンで亡くなった時も、父親は葬儀に来なかったらしい。

 
「家の前までは行った事があるんです。でも、勇気が出なくて…… 女の人がいたし。たぶん外人さんの……」


 ああ、あれはそういう事だったのか……

 実は俺は、詩織の父親に会えない可能性もあると思ってたんだ。詩織が小2の時まで住んでいた家に、もう父親はいないじゃないかと。それ以前に、その家がもうない可能性もあると思っていた。ところが詩織は、それを疑う様子が全くなくて、それが不思議だったのだが、詩織は知ってわけだ。その家に、今も父親が住んでる事を。

 それはそうと、外人の女というのも気になるが、それにも増して気になるのは……


「勇気が出ないって、おまえらしくないんじゃ……」


 という事だった。詩織は見かけによらず芯が強いところがあり、それだけに勇気が出なかったという詩織の言葉に、俺は違和感を覚えた。


「私、父に嫌われてたから……」

「えっ?」

「両親はしょっちゅう喧嘩してたんです。たぶん、私が原因でした。私の脚の事で言い争うのを、聞いた事があるんです。父に嫌われたままだったらと思うと恐くて、会う勇気がありませんでした」