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「…………なんなのよ」
静まり返ったリビングの真ん中で、私は思わず呟いた。
テレビをつける気にもなれず、ソファに身を沈める。
「………婚約者? 意味わかんない」
何かの間違いじゃないかと思ったけど、トラは否定しなかった。
ということは、本当にそうなんだ。
―――どうして?
どうして何も言ってくれなかったの?
………ちがう。
私は、トラが婚約者の存在を黙っていたことがショックなんじゃない。
そうじゃなくて―――。
私は両手で顔を覆い、深いため息を吐き出す。
少しずつ混乱がおさまるにつれて、客観的に状況を分析できるようになると、
自分の気持ちに気づかずにはいられなかった。
―――私は、トラに婚約者がいることがショックなんだ。
なんの根拠もないけど、なんとなく、トラの一番近くにいるのは自分だと思っていた。
そんなつもりなんてなかったのに。
同じ部屋に住んで、勤め先も同じで、休日もほとんど一緒に過ごしている。
だから、トラについて知らないことなんてないと、勝手に思ってしまっていたらしい。
そんなわけないのに。
だって、私はこれまでのトラを少しも知らない。
それなのに、トラのことは何でも知っていて、ものすごく近くにいるように感じていた。
だって、あまりにも居心地が良かったから。
………馬鹿だな、私。
トラと私はただのルームメイト。
たまたま同じ会社に同じ年に入社して、偶然のいたずらで一緒に住むようになっただけなのに。



