「あ」

「おう」


会社を出て駅に入り、いつもの電車に乗ろうとホームを移動していると、トラの横を通った。


「おつかれ、うさ」

「あ、うん、おつかれさま」


なんとなくそういう流れのような気がして、隣に立つ。


最近は会社でもちょこちょこ話しているから、二人で駅にいても怪しまれることはないだろう。


「………今日、ありがとね」

「ん?」

「お昼の。書類づくり。ほんと助かった」

「ああ、あれな。お前こそ大変だったな、おつかれさん」


トラは何事もなかったかのように平然としている。


でも、私はいつものように何気なくトラを見つめることなんてできなくて。


不自然に黙りこんだまま、一緒に電車に乗り、いつもの駅で降りた。


トラを後ろにして、私はすたすたと歩いていく。

改札口を出たところで、後ろから「なあ、うさ」と呼ばれた。


私は振り向かず、「ん?」と声だけで答える。


「ケーキ屋でも寄っていかないか?」

「へ? ケーキ?」


予想もしなかった言葉に虚を突かれて、私は思わず振り向いた。


トラがにっと笑う。

会社では見せない、いたずらっ子のような表情。


こういうトラは私しか知らない、と、ついこの間まで思っていた。


でも、そうじゃないんだ………。

五十鈴さんには、きっともっとたくさんの、『外では見せない顔』を見せているのだろう。