雪見月

ゆるりと頬を撫でた風が、本格的に冷たい。


もう暗、ってさっきからずっと暗いから、そろそろ潮時だ。


真正面に、背筋をきりりと伸ばした、生真面目な直立不動の姿勢で立つ彼女に、しっかり向き直る。


彼女ははっとして、細かく佇まいを正した。


「ありがとうございました」


少し張った声と、噛み締めた口調。


最後なんだから、と深く腰を折る。


穏やかな瞳に真摯な光が宿って、静かに俺を見た。


「いえ、お大事に」

「はい。あなたもお気をつけて」


真心を込めた定型文を交わして、彼女が鮮やかに去っていく。




名前など知らない。


連絡先も分からない。


読み取れたのは僅かだけ。


温かな心と少し低い体温の手のひらと、柔らかい声だけだ。


教えてくださいと頼むのは簡単だった。

できないこともなかった。


だけど頼んでしまったら、この出会いを台無しにするだろう。


それは、彼女の心遣いを無下に扱うのと同等な気がした。




今まで、女子を格好良いと思ったこともなかったが。


今日、俺は初めて、女子を格好良いと思った。