名前で呼べよ。~幼なじみに恋をして~

「…………わかってよ」


ぐるぐる思考が渦巻く合間から、無茶なお願いが思わずこぼれた。


そうちゃんは静かにこちらを見つめる気配のまま、答えない。


……ちゃんと、言おう。


わかってよ、なんてただのわがまま。言いたいことはちゃんと言葉にしなきゃ分からないのだ。


今話したら声が裏返ったりつかえたりして何を言いたいのかもぐしゃぐしゃになりそうで、一旦息を整える。


荒い息を肩でして、ぎゅっと袖を握りしめた。


震える息を一度全部押し出すのに合わせて、緊張がやってくる。


また呼吸が震え出しそうになるのを押さえつけて歩きながら、一拍置いて、できる限り落ち着く。


「あのね、わたしね」


優しい色のアスファルトに並ぶ影の、真っ黒なシルエットのそうちゃんは、わたしを向いている。多分、わたしを見ている。


きっと変な顔をしているのに目が合いそうで顔は上げられなかったから、アスファルトに映るオレンジがかった黒い横顔を見つめた。


「わたし、土曜日だけじゃなくて、その後も、別に連絡しなくてもいいような馬鹿な話とかでも連絡したいよ」


連絡先を知っていても、連絡したことがなかった。


お互い連絡先を知っているのに、連絡できなかった。


ねえ、連絡先教えて。うん、いいよ。

今日はありがとう。これからよろしくね。


そんな定型文から始まる普通の関係は、お母さんとおばさんによってスキップされてしまって、その先はどうしたらいいのか分からなくて。


スマホを買ってもらったのはちょうど関係がぎくしゃくし始めた時期だったから、話しかけるきっかけも、会話できそうな話題も思い浮かばなかったというのもある。


代わりに当時鮮明によみがえったのは、周囲のはやし立てる喧騒だった。