オフィスのくすり

「仕事で、前の旦那の名前をずっと使ってんのもどうだかな。

 今の旦那は何も言わないのか?」

 最初の結婚のときは、素直に相手の名を使った。

 すぐに仕事で名が売れて。

 離婚してもその名を捨てる気にならなかった。

「仕事の話、しないから」
と言うと、ふうん、と言う。

 呆れているのだろうが。

 これが私の生き方なので、構わないと思った。

 仕事にすべてをかけているわけではないが、大事な生きがいなのは確かだ。

 不安定な男女の関係より、余程、心を安定させる。

「そういえば、前の旦那とうまくいかなったのも、結局、今の旦那が原因だった気がする。

 ずっと心に引っかかってたの。

 彼のことがね」

 呪いのFAXを送りつけてくる機械に頬杖をつき、そう呟く。

 このFAXを送っている相手は、心にどんな引っ掛かりがあって、こんなことをしているのだろう。

 そう思いながら。

「それだけ好きでもうまくいかないもんなんだな」

 まるで恋も知らない少年のように、素直に関心しながら、井上は言った。