「おい、お前大丈夫か」

支えている腕をとると、飯森はまっすぐ背の高い俺を見上げた。

「大丈夫です。それに、私はもう飯森沙也ではありません」

「はあ?お前、何言って……」

「私は、飯森サヤ。同姓同名、名前がカタカナの、あなたの彼女。帰ってきたのよ、このハロウィンに。死者が帰るこの日に」

俺は、ばかばかしい、と頭を振って、軽く飯森を小突いた。

「ガラスが割れたショックが大きかったんだな。保健室で寝てろ」

「信じてないのね。サム」

その名を聞いたとき、俺の頭の中で、サヤの声と飯森の声、姿かたちが重なった。俺をサムと呼ぶのは、サヤだけだ。「武士」イコール「サムライ」の連想で、あいつがつけたニックネーム。他の誰も知らないことだ。

「サ、サヤなのか……?」
俺は、とりあえず飯森を保健室に連れていき、自分は授業をしながら、心が抜けて、サヤのことを思い出していき、心が流れるようにほぐれていくのを感じた。

サヤ。俺の、最愛の人だ。

サヤは、バイクの事故で亡くなった。アクティブな女の子で、ツーリングの途中に、事故に巻き込まれたのだ。俺は、サヤの最期の顔を見ていない。アメリカに留学していたからだ。だからか、サヤへの執着は忘れられず、あの俺に好意を寄せてくれている飯森のことも、沙也という同じ響きの名を口にするのがはばかられて、「お前」呼ばわりをしてきたのだ。

放課後になったら、聞き出そう。本当にサヤなのか、あるいは……。俺には、まだ抱えているものがある。その「存在」のためにも、飯森に会わねばならなかった。