「ブシ先生!好きです!」

 「はいはい。わかったから。授業中くらい静かにしろ」

 俺の受け持ちクラスで、英語の授業をしていると、必ず飛んでくる告白、というかもはや脅しのような気もする声の主は、飯森沙也。俺はわけあって、「お前」としか呼ばない。すげなくするためでもあるが、飯森はめげずにアタックを繰り返す。最初は辟易したが、すでに慣れっこだ。習慣とは恐ろしい。

 「……でだ、今日は何の日かと言うと……」

 「ハロウィンです、ブシ先生」

 「そうだ。……しかし、お前に聞いてるんじゃない。それに、俺は森崎武士(たけし)であって、ブシじゃないって何度言ったらわかるんだ」

 このもはや夫婦漫才のようなやり取りに、クラスはどっと沸く。飯森は、ムードメーカーでもある。 

 「ハロウィンというのは、菓子を食える祭りじゃないからな。万聖節の前日だ。収穫を祝い、悪霊を追い出すケルト由来の祭りだ。ケルト人は、死者の霊が帰ってくるとも信じていたそうだ」

 「森崎先生、ウィキ先生のプリントが落ちましたけど……」

 俺は、そっと落ちたカンペを差し出してくれた生徒に感謝した。

 「とにかくだ、今日は菓子を食っていい日じゃないんだぞ、お前」

 飯森はどんとでかいケーキドームを持ってきていた。こんなもん、どっから運んで来たんだ。ガラスケースの中には、カボチャをかたどったケーキが入っている。昼時で腹が鳴りそうだが、ここでぐうとでも音を立てようものなら、よりによって飯森に餌付けされてしまう。
「さあ、ブシ先生、あーんを……」

「誰がするか。……っと、待て待て、こっちにケーキを持ってくるな!」

飯森は、ゆらりと立ち上がって、ケーキドームを抱えた。しかし、飯森は貧血もちだ。もしものことを考え、仕方なく近寄ったその時、盛大な音がして、ガラスのケーキドームが割れた。
飯森は、びくっとして、目をむいた。その様子に、さすがの俺も心配になって、授業終了のチャイムが鳴ったのを幸い、飯森を支えて保健室に連れていった。