部屋を後にすると持っていたスマホが振動している事に気付く。


画面を見るとナルだ。


少し場所を移動してから画面上をタップする。


ーーーーあの……ナルだけど。


「知ってる。画面に名前出るから。」


ーーーーあっ、そうだよね。ごめんっ。


電話の向こうで一人慌てるナルの姿が目に浮かぶ。


それを思うだけで今しがたまで固まっていた心が解れる気がする。


「何も謝らなくても。」


ーーーーうん、ごめんね。あのね、なっくんもう終わった?私ね、ちょっと教授に仕事頼まれちゃって、約束の時間より遅れそうで……


電話の向こうのナルは謝ってばかりだ。


今日、これから二人で何処かで食べて帰ろうと約束をしていた。


「丁度、駅前の本屋に用があるからそこで時間潰してる。終わったら連絡して。」


ナルとの通話を終えた僕はスマホを握りしめたまま溜息を吐く。


少し前、実家を出て一人暮らしを始めた僕はそれと同時にナルに思いを告げた。


そう僕はそれまで僕を苦しめ複雑に絡みついていた鎖を漸く切り捨てたんだ。


僕自身で。


兄貴がナルに好意を寄せていること、ナルも兄貴を好きだと言うこと、それでも互いに思いを打ち明けることなくつかず離れずの距離を保っている二人を知っていながら、


僕はナルに好きだと言い、交際を申し込んだ。


結果、ナルが兄貴を選ぼうとも気まづくならない為にも密かに家を出る準備を進めていた。


予想通り、ナルは僕の告白に戸惑いを隠せないようだったけど、少し考えてからそれを受け入れてくれた。


きっとナル自身も自分にキツく絡みつく鎖を切ってしまいたかったのかもしれない。


ただ、それだけだと思う。


僕に決して感情がある訳じゃない。


だからこそナルと付き合いだした僕は直ぐにナルに言った。


ーーー兄貴とはもう連絡を取らないで欲しい。


ナルは僕の勝手なその申し出に何を言うでもなく、うんとだけ返事をした。


僕は怖かったんだ。


ナルが、兄貴が、


いつか僕を置いていくんじゃないかって


僕さえいなければって思うんじゃないかって。


そう思うと不安で仕方なかった。


惹かれ合う二人の思いが少しでも重なりでもしたら………。


僕は兄貴からナルを遠ざけるという形でナルを繋ぎ止めようとした。


けれどそれは新たな鎖となり僕の心に複雑に絡みつき、ナルだけでなく僕自身もまた苦しめる事となった。