僕は就職せず大学院に進んだ。


花野井教授に付き、もう少し人間学について深く学びたかった。


僕の研究テーマでもある人の感情とエネルギーの関連性について花野井教授の元で学ぼうと師事していたのに、


その花野井教授は僕が院に上がると同時に休職届けを出し旅に出てしまった。


いともあっけなく。


それで後を受け持つこととなった長谷村准教授が教授の座に付いたのだ。


『世間ではこの度の人事を異例の出世だというけれど私の中では至って簡単に想像するに値する出来事だ。』と旅立つ前に花野井教授が得意気に話していた。


まぁ、僕個人としても正直、花野井教授よりも長谷村准教授……改め、長谷村教授の方が話しやすかったりもするので特に困ることは無いのだけれど。


「教授、相変わらず吹っ飛んでるなぁ。」


「花野井教授からですか?」


確認したいことがあり、長谷村教授の元を訪れたら手にエアメールを持ち話し掛けてきた。


長谷村教授は30代後半にしてその座に付くくらいデキる人でありながら、とても気さくに話してくれるのでありがたい。


学内に蔓延る年配教授達からの期待とプレッシャーをもろともせず、職務を全うしている所を見ると、案外、花野井教授よりも手強い人なのかもしれない。


「うん、そう。今はアフリカの何とかという種族に世話になっているそうだよ。」


「なんとか?」


僕の問い掛けに肩を竦めながら


「言葉が通じないらしいんだ。何語も。」


「へぇ……語学に長けた教授がですか?」


花野井教授はその年齢にしてはとても好奇心旺盛な人で、特に人とのコミュニケーション方法やその関係図なんかにとても興味を抱いていた。


その為か、主要とされている言語以外にも所謂、国内外の地方の言葉を始め、果ては何処かの国の種族の言葉まで……。


「自身のコミュニケーション力を試されているようで、その状況に今、魂が揺さぶられる思いがしている、と書いてあるね。」


「はあ……魂、ですか。」


エアメールを見せてもらうと何とも言えなかった。


そこには腰ミノのようなものを巻きつけただけの教授が現地の人と肩を組み写っていた。


エアメールをそっと長谷村教授のデスクに置く。


確認したかったことを2、3教えて貰い他に用も無いので早々に失礼しようかと思ったら


「たまにはどう?」


と、人差し指を立てる。


「あれ、ですか?」


「そう、あれ、ね。」