「兄貴…、どうしたの、こんなところで。」


久しぶりに会う兄貴に僕は今、ちゃんと話せているだろうか?


「ん?仕事でこの近くまで来たから何となく入ってみた。」


社会人になりスーツ姿の兄貴は双子なのに何故か僕よりずっと大人に見えて…。


「へぇ…仕事。」


それ以上言葉が続かない。


何故なら僕の頭に今あるのはナルがここに来て兄貴と出くわしたらーーー


「お前、たまには実家に帰ってこいよ。」


「えっ?」


目の前の本棚を人差し指でなぞりながら、まともな事を言う兄貴の言葉にあからさまに動揺する。


「母さん、寂しがってる。」


兄貴は未だ本棚を指でなぞりながらの体制で僕に話す。


「俺も帰り遅いし休みもあまり……つーか、ほとんど無いしーーー」


そう言うと一冊の本を漸く手に取る。


『ゴブリンとその仲間たち』


何故、それを手に取ったのか相変わらず兄貴の考えている事は分からない。


そんな事を思っていると不意に自分と同じ顔をこっちに向けてくる。


「お前さ、ナルとーーー」


その先に続く言葉を聞きたくないと言う思いが兄貴の言葉を遮る。


「分かった。今度、帰るよ。院生も結構、忙しいんだよ。教授の使いっぱしり的な所があるからね。じゃあ、そろそろ行くわ。」


一方的に話してその場を立ち去る事にした。今なら急いで大学に引き返せばナルと落ち会えるはず。何としてもこの場でナルと兄貴を引き合わせたくなかった、のに…











「みぃくん…………」


彼女は僕ではなく、


兄貴の名を小さな声で切なげに呼んだ。


それは僕の耳に確かに残った。


ナルがタイミング悪く来たこと、兄貴と出会ってしまった事に僕は自分でも驚くほど激しく動揺した。


僕は咄嗟にその場に二人を残して立ち去ろうと思った。


不自然に思われようがどう思われようが構わない。僕は弱くて卑怯な人間だ。


「ごめん、急用を思い出した。また連絡する。」


ナルにとも兄貴にとも取れるように、それだけ言うと足早にその場から去った。