「ねぇ、やっぱり戻ってきてよ。
広人がいないと寂しいのよ」


「・・・無理」


「冷たいわね〜。 広人だって、ホントは寂しいクセに」

千花の細く長い指が俺の頬を撫でる。

長い髪が俺の鼻先で揺れて、ふわりと良い香りに包まれる。

エキゾチックでスパイシーなその香りは
千花によく似合う。

「どこのブランドのだっけ? この香水」

「ディオールよ。 懐かしい?」


「まぁ、香りはね。

ーーで、いつまで続けんだよ。 この昼ドラごっこ」

俺は頬に触れていた千花の手を振り払う。

「ふふふ。 楽しかった? 義弟との禁断の関係をイメージしてみたんだけど。

色っぽかったでしょ、私」

そう言って笑った千花からはさっきまでの妖艶さは欠片も無くなっていた。

「全然。 顔が綺麗なだけじゃ色気は出ないんだなって実感したよ」

「広人ごときが生意気ねー」

「兄貴は?」

「元気よ。 けど、私も悠人も広人がいないと寂しいってのは本当よ。
別に気を遣わなくていいから、戻ってくればいいのに」

この美人だけど変わり者の女、千花は俺の義理の姉だ。
兄貴とは長い付き合いの末に結婚したから、俺とも実の姉弟同然の関係だった。

「今さらだろ。俺も春から大学生だし、自由気ままに一人暮らしさせてくれ」

「あら、浪人生かも知れないわよ」

「受験生に縁起でもないこと言うな」


久しぶりに会った千花との関係が以前と全く変わっていなかった事に、俺はほっとしていた。


千花の香りが懐かしいのは事実だけど、
それだけだった。