密室の恋人

「うちの会社は少し高台にあるから、町の何処で遊んでても、会社の明かりが見えるし。

 何処の呑み屋にも誰か居るから、落ち着かないと言ってたじゃないか。

 此処なら会社も見えないし、誰にも会わない」
と蒼汰は言う。

「伊月さん……」

「蒼汰だ。
 昨夜も何度も訂正したが、お前、それ、癖か」
と言われる。

 どんな状況で訂正されたのか、あまり考えたくないなあ、と思っていた。

 また訂正されても嫌なので、心の中だけで、伊月さん、と呼んでみた。

 伊月さん、貴方、頭がおかしいです。

 なんで、会社のないところに行きたいと言っただけで、こんなところまで連れてこられてるんですか、私。

「あっ、そうだ。
 操縦士の人は」

 もう自分たち以外の誰かに会えるのなら、ちょっと挨拶しただけのあの操縦士の人でもいい、と思い、訊いてみると、

「ヘリで帰った」
というあっさりとした答えが返ってきた。

「そ、そうですか」

「心配するな。
 燃料はあるから、帰りは俺が運転する」

「そ、そうなんですか。
 じゃあ……帰りましょうかっ」
とこれ幸いと、向きを変えて言うと、

「なんでだ。
 今日は土曜だと言ったろう」
と蒼汰が手を掴んでくる。

「お前、なにしに此処まで来たんだ」
と言われるが、自分の意思で来た覚えはない。

 結局、蒼汰に手を握られたまま、ビーチを通り過ぎ、木々の間の砂利道を歩いていった。