逃げるように早く帰ったな、凛子ちゃんめ。
弥は仕事のついでに総務の前を通り、ちらと中を見る。
ストレス発散のために、もうちょっとからかってやろうと思ってたのに、と思ったとき、目の前に彼女が現れた。
千尋だ。
「まだ居たの」
と廊下に立つ彼女に向かい、言ってしまう。
案の定、
「居ちゃ悪いの?」
と噛みつかれた。
どうも自分は一言多いうえに、言い方が悪いらしい。
それでなかなか、千尋ともいい雰囲気にならなかったようだ。
まあ、そんな反省、今更だが。
「いやあ、だって、いつも、子供を実家に迎えに行くって言って、早く帰るじゃない」
「今日は、スイミングに行ってるからまだいいのよ」
と言うので、ふうん、と答える。
自分に子供が居ないので、お稽古事の事情など、まだわからない。
千尋はひとつ溜息をつき、あまり言いたくなさそうに言った。
「この間はどうもありがとう。
それから……あんまり、凛子に構わないであげて。
ああ見えていい子だから」
ああ見えて、というフレーズに笑いそうになったが、自分で考える間もなく、
「いや、無理」
と答えていた。



