「実は今日、呑む予定が中止になって、暇だったんだよね」
電車に乗った弥が言う。
「どうしても、その店に行きたい気分だったんだ。
凛子ちゃんもきっと気に入るよ」
奢ってあげるよ、と並んで立つ弥が微笑む。
「え。
昨日も呑んでませんでしたっけ?」
と言うと、
「いいじゃない。
気軽な独身なんだから」
と言ってくる。
「たまに家族が欲しいなとも思うけど。
独身で居る間は、結婚したら、出来ないことを満喫しようかと思ってさ」
「それはありますねー。
特に子供が出来ると、なにも自由にならないって友達が。
でも、子供は可愛いし。
だから、今、後悔のないように遊んでおけって」
「いい友達だね」
笑ったあとで、弥が、
「凛子ちゃん?」
と呼びかけてきた。
振り返り、見ていたからだろう。
「いえ。
なにか今、視線を感じて」
と言うと、
「また霊?」
と訊かれる。
「いや、上村さんじゃないんですから」
そう言いながら、周囲を見渡した。
極普通の帰宅風景だ。
でも、今、誰かが、振り向いた自分から、さっと視線を逸らした気がしたのだが――。



