月はもう沈んでいる。



「つーか、思い返せば朔との喧嘩がいちばん多いやもしらん」


入れなかった屋上から3階へ降りている最中、陽は思いついたように言う。


「んなことねえだろ」

「いや、ある。たとえばー……」


覚えてる? と、振り返った陽の微笑にどきりとした。


「2年の終わりごろにした、大喧嘩」


一瞬まっ白になった頭に、記憶が洪水のように押し寄せる。


忘れるわけがない。

お互い避けたまま新年度に入ったら、1年ぶりに同じクラスで。


「自分の名前しか確認してなかったから、朔が教室に入ってきたとき超びっくりしてやー」


またかよ!って叫ばれてカチンときた。


「したっけ朔がブチ切れてやぁ、もう今までの愚痴だの不満だの爆発して止まんなくなってて……ふはっ。あれは圧倒されたわーっ」


そうだよ。お前はぽかーんとして、どうしてか笑い出したんだ。バカだ、って。ネチっこい、って。謝るから許せ……って。


そのまま仲直りするのはいつものことだった。俺たちの喧嘩はくだらないことばかりが原因だったから、水に流すなんて何度もしてきた。


でも、あのとき水に流れたのは売り言葉に買い言葉だった、あのひどい言い争いだけだ。


現に俺たちは3年に進級してからの話ばかりで、2年の終わりごろにした大喧嘩に、深くは触れずにいる。


どうしようもないことで傷つけ合うだけだと分かっているから、触れずにきたはずなのに。


「あれは3本の指に入る大喧嘩だったよなー」


蒸し返したいかのような言い草に、眉をひそめた。