月はもう沈んでいる。



「この自販機ちゃけてて、何回も金飲まれたよなー」


理科室で念願の〝ビーカーで沸かしたお湯でカップラーメンを作る〟を叶えた俺たちは、何か目に留まるたび足にまたひとつ、もうひとつ鉛をぶら下げ、話し込んだ。


俺は屋上に入ってみたいと告げ、その前に音楽室でピアノを弾こうと、弾けもしないくせに足取りの軽い陽の背中を追いかけながら、「ていうかさ」と気になっていた質問をぶつける。


「その傷、大丈夫なのか」


陽はにやーっと笑うが、その頬には赤黒い打撲傷があって、見慣れているとはいえ喧嘩などしない俺の目にはいつも痛々しい。


「久々に親父とバトッたぜ」

「見れば分かる。誇ることなのか、それは」

「誇らしさでいっぱいだわー。勝ったからな!」

「そうかよ……」


大の男相手に、何をもって勝利とするのか。


立ち向かった。それだけで負けないことになるなら、陽は無敗の女だな。


「大学受験なんて無駄な金使いやがってー!って、一発。自分でバイトした金だっつーに。我が親ながらクソだわー」

「まあそこは否定しねえ」


こんなド田舎じゃ、高校を卒業したら数少ない職に就くか、家を継ぐか、都会に出るかのどれかだ。


無論、都会へ出て行きたがる子供の大半は親に猛反対される。それを押し切って出て行く若者は年々増えているらしいけれど、俺たちの代ではまだ両手で足りるくらい。


俺は祖父も務めていた役場にでも就職して、なんとなくこの村を離れることはないんだろうなと、ぼんやり考えていたものが現実になった。


地元に残る俺と、地元を去る陽。


それはずっと前から――俺が真剣に考えるより1年は早く、陽が決めていたことだった。