「ねぇ、かずく、」

「みどりを信じてたし、そんな勝負で渡すつもりもなかった。

でも、一瞬だけ迷った」


足をとめたまま、前に進もうとしない一輝くんに一歩近づいて、名前を呼ぶと、それをさえぎるように一輝くんが言葉を被せる。

距離だけは相変わらず縮めようとしないけど、それでもあたしの目だけはまっすぐに見て。


「......何を迷ったの?」


たった一瞬。
ほんの一瞬の迷いでさえ、真剣勝負の打席の中では命とりになる。

その迷いがそのままスイングの遅れとなって出た。


「俺よりも加藤秀徳さんの方がずっとみどりを理解してる。別れてる時にそう言われたこと。
加藤さんじゃなくても、他にもっとふさわしい人がいるんじゃないかと。一瞬だけ迷った」


一輝くんはハリのない低い声でそう言うと、今日初めてあたしから視線をそらした。


「あれは......、ついカッとなって言っただけだよ。
そんなこと気にしてたの?
てか、ふさわしい人ってなに?」

「......」


そんな一輝くんから視線をそらすことなく、一歩ずつ距離を詰める。

確かに、一輝くんは全然あたしのことを理解してないとも言ったし、所詮通過点だとも言った。

でも、そうじゃない。


「あたしもね、前は思ってたよ。
色んな男と付き合ったけど、どこかにあたしのことを全部理解してくれて、お互い心から思いやれて高めあっていけるような運命の人が、ふさわしい人がいるんじゃないかって。でも、思ったんだよね」


やっぱり返事は返ってこないけど、もう気にするのはやめて、開き直って一方的にしゃべり続ける。