「課長、お腹空きませんか?」
支度に時間掛かって朝も食べてないし。それに結構時間掛かったから、既にお昼はとうに過ぎている。
「さほど空いてません。」
げっ。
確かに課長ってガツガツ食べるイメージ無いもんなぁ。なんか、草とか木の実とか食べてそうなイメージだよね。いや、でもここで引き下がる訳にはいかない。
なんせ私に残された時間は限られてるんだもん。今からは恋人としての時間の始まりだ。
折角、仕事も終わったんだしこのまま真っ直ぐ家に送られても困るっ。
「私はペコペコです。帰る前に食事しませんか?普通の恋人達なら間違いなく食事して帰るはずです。」
そうだよ、この人、いくら女の人に慣れてるかもしれないとは言え、普通の恋愛してこなかったんだもん。先ずはこういう所から少しずつ攻めなきゃ。
「そういうものですか?普通の恋人と言うのは。」
「ええ、そういうものです。データで言っても8割、いや、9割の恋人達はこういう時、食事をしてから帰ります。」
どうだ、課長。何事もデータを基準に考える課長だもんね。
「後の2割もしくは1割の人達は何を理由に食べて帰らないのでしょうか。気になります。そして僕はその少数派に属する可能性がある訳ですよね?」
「・・・・・・」
駄目だ、仕事の鬼の課長にデータを元に話すの無理だ。作戦変更。
「とにかく、私はお腹が空いて死にそうなんです。でなきゃ課長のその手にかぶりつきますよ。なんだか手羽先に見えてきた…」
助手席側から運転中の課長に向けて言うとほんの少し顔がピクリと動いたのが分かった。さっきとは形勢逆転だ。
そうだよ、こういうデータばかりを信じている人には野生的本能のまま動いた方が良いんだよ。まさに、予測不可能な事態。
「わ、わかりました。かぶりつくのはやめてください。」
「やったー。美味しもの食べましょうね、課長。」
今日、何度目かの溜息を着くと課長は私の家とは逆方面へ車を走らせた。



