偽悪役者

「で、でも僕が会社員だったのは何十年も前で……」


「覚えてますよ、それくらい。ペテン師夜鷹をなめないで下さい。」



誘った男の顔は覚えている。


罪の意識がそうさせたのか、名前も素性も分からないが、顔だけは今でも覚えている。



断ったにも関わらず覚えていたのは、よほど椎名の印象が強かったらしい。



「椎名さんを好きかどうかは分かりませんけど、椎名さんの言ったことも考え方も私は凄く心に響いたから。だから、好きになれるように努力してみます。今まで拒否してきちゃいましたけど、椎名さんのことちゃんと知りたいので。」



「柊……」



知りたいと思ったのは自分だけじゃなかったと、椎名は嬉しさが込み上げる。



が。



「だけど、織端玲斗は…?好き…だったんでしょ?せっかく仲直りしたのに。」


「なんで玲斗が出てくるんですか?」



「柊、織端玲斗のこと好きなんじゃ……」



不思議な顔の静音に、椎名は思っていたことを口にする。


静音と玲斗が両想いだからこそ、玲斗犯人説に過剰に反応したのだと思った。



過去のことや潜入のことも解決した今、もうプロポーズを断る理由は見当たらない。