「いいな。お前は俺が行くまで大人しくしておけ」
「………」
「分かったな?」
「……はい」
さっきまでの甘い空気は何処へやら。
ギロリと鋭い睨みを利かせる大魔王十夜様にタジタジになるあたし。
お久し振りです、大魔王十夜様。
なんて冗談は怖すぎて言えない。
仕方ない。ここは素直に大人しくしておこう。自分の身が一番大事だ。
「頼むから危ない事はすんな。お前に何かあっても俺は直ぐには行けない」
「……うん」
十夜の声色が一変し、別人の様に優しくなる。
それに戸惑いながらも返事をすると、十夜の頬が緩やかに弧を描いた。
「気を付けて帰れよ」
そう言って、躊躇いもなくするりと手を離す十夜。
突然外気に晒された手は涼しげな風に覆われ、自分の元へと戻ってきた。
急に無くなった温もりに寂しさを感じ、直ぐに左手を重ねる。
「……うん。十夜も」
自分でも分かるぐらいぎこちない笑顔。
離れたくないのに離れたい。
離れたいのに離れたくない。
複雑な想いが心中で交差する。
この瞬間が一番嫌だ。
別れるこの瞬間が一番嫌。
寂しくて哀しくて。
「……行け」
……泣きそうになる。


