練習場を出ると、黒塗りの車はもう既に停まっていた、靠れかかって煙草を吸っていた運転手は、私に気付くとすぐに携帯灰皿に煙草を擦り付けると、浅く一礼をした。

助手席の扉を開けてもらい、私はそれが当たり前のように乗り込んだ。

冷房は付いておらず、疲れた体には丁度いい温度になっていた。
 
気を遣わせてしまったのだと思いながらも、お礼か謝罪、どちらをすれば良いのかも分からず、私は変わらずに無言のままだった。
 
「この前のツアーの時の写真、いる?」
 
不意にそう言われ、私は運転手を見上げた。
 
「私、写ってないのに?」
 
「知っている人はいるでしょう」
 
そう言われ、私は「別に……」と返した。

例え顔見知りの人が写っていたとしても、それが何だというのだろう。

知り合いの写真なんて持っていたって仕方がないと思った。

「ツレないな。そういう口実作らないと、俺から美雲さんに連絡するきっかけなんてないだろ」
 
冗談なのか本気なのか分からない、普通の調子で言われてしまい、私はまた彼から視線を外した。性格が合わないのだと思う。

彼だって、私が叔父の姪でなければ、私の相手なんてしていないだろう。

第一、折角社員になったというのに、私なんかの送迎ばかりが仕事では、きっと内心苛立っているに違いなかった。
 
私が思い通りの受け答えができない時、決まって彼は声を低くした。

それが不機嫌を意味しているようにしか私には思えなくて、そう言ったところを含めて、私は彼のことが苦手だった。
 
「ていうか、もう気付いていると思うけれどさぁ」
 
運転手が更に言葉を続けようとした時、私の携帯が鳴った。

私は運転手に一礼してから、すぐに電話を取る。
 
「一姫ちゃん、来週の呑み会、来るよね?」
 
天野先輩の声に、少しだけホッとしながら、私は「考えさせて下さい」と曖昧に濁した。

運転手は、私のことをジッと見ていた。

ひょっとすると会話が聞こえてしまっているかもしれない。

そう思うと少しだけ気不味く思えたものの、気付かないふりをした。
 
「たまにはこっちにも付き合ってよー。来週は、一姫ちゃんが来てくれないと私、紅一点になっちゃう」
 
「そこは素直に選びたい放題だって喜んでいいと思いますけれど……」
 
私の言葉に天野先輩は少しだけ笑い掛けて、それでもすぐに否定した。
 
「来週金曜日、開始は6時からで、場所は新宿。一応地図送るから確認しておいてね」
 
一方的に告げて、先輩はパッと電話を切ってしまった。

直後にファイルが添付されたメールが送られてきた。

場所を確認し、それが先日断った呑み会と同じ場所であると分かると、私は携帯の電源を落とした。