夏彩憂歌

出陣する前日、慶兄さんは私を呼んだ。

縁側にふたりで腰をかける。

気の早いひまわりが一輪だけ咲いている庭は、どこまでも平和だった。

戦争中だというのを忘れるくらいの……

どうせなら、どうせなら。

今すぐ、終戦して。

いいよ、日本が負けても。

私が大切なのは、日本の勝ちよりも、慶兄さんの命なの。

だけど、ラジオは終戦を知らせてくれなかった。

「文月、お願いがあるんや」

「なぁに?」

慶兄さんはとても落ち着いた様子だった。

「俺がもし帰ってこんかったら、ちゃんと新しいひと見つけて結婚するんやで?」

「そんなの嫌」

「頼むから」

慶兄さんの強い口調に私は俯く以外できなかった。

「文月みたいな可愛い子の子供なら、絶対可愛いでなー。ずっとひとりなんて絶対あかん」

彼はそっと私の頬に唇を当てた。

「ほんとは文月が他のひととなんて嫌やけどな。夕焼けの空を見たときくらいは俺のこと、思い出してな?」

ふんわり笑う慶兄さんに、私は少し悲しくなった。

「絶対に、生きて帰ってきてね?」

「当たり前やろ?文月にもう二度と会えんなんて俺、それは無理や」

慶兄さんは相変わらず笑顔だった。

優しくて強い慶兄さん。

私を安心させるのがどこまでも上手な、どこまでも魅力的なひと。

あなたが私に嘘をついたのは、ずっと一緒にいた中で、たった一度、この1回だけだったね?

最初で最大の嘘。