夏彩憂歌

そう言う慶兄さんの顔は、どこまでも晴れ渡っていた。

澄んだ秋の空みたいに、爽やかだった。

慶兄さんは木綿の布を取り出して私の血だらけの手にそっと結ぶ。

そして肩の荷が降りたような笑顔で、彼は優しく私を抱き寄せた。

「ひとはな、愛しとるひとの為にしか死ねんのやで?」

低めの優しい声が耳元に届く。

それは繊細で力強い響き。

「愛しとる」

慶兄さんはそう言って、少し力を入れたら壊れてしまうもののように優しく私の肩を抱き、自分の唇を私のそれにふわりと重ねた。

ずっとずっと一緒にいた。

長い間ふたりで紡ぎ上げてきた想いが、初めて形になった瞬間だった。

「今日は帰らんとこ。俺らがここに行ったこと、松兄さんが知っとるで大丈夫やろ。
こんな暗い中、下手に歩くと遭難する。裏山やからって油断すると痛い目に遭うでな」

辺りはもうすっかり暗くなっていて、闇の中に私たちはたたずんでいた。


この日、私は慶兄さんと一晩を共にした。

私が彼に抱かれたのは、これが最初で最後になった。